羊のまいにちしあわせになる方法100

羊、こと羊子がまいにちしあわせになる小さな方法をためし中.100個お試し中。

鳥取・浦富海岸へ

島根美保関を訪れた後、日本海を左に見ながら鳥取浦富海岸へ。

少し前に読んだ本、”GHQと戦った女、澤田美喜”を読んで、興味を持った、エリザベスサンダースホーム創始者澤田美喜さんの別荘がある場所。ここは澤田美喜さんの夫、元国連大使澤田廉三さんの故郷です。本を読んでぜひ行ってみたいと思ったのです。

 

宿は民宿”旅人の宿NOTE"。広々とした昭和風の日本家屋で、のんびりしたやさしい女性のオーナーの方がやってられました。海もすぐそこです。奥出雲の温泉でけっこう豪華に食べたので、ここでは素泊まりにしました。素泊まり大人1人3500円はありがたい。

 

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夕方着いて散歩していると釣具屋さんがありました。その名もまんぼう

夫が突如、釣りをしたい、と言い出し、ど素人の夫は、親切で面倒見のいいまんぼうのおじさんにいろいろお世話になり、翌朝5時ごろ伺う約束。

 

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夜は歩いて5分くらいのたつみというお料理やさんで食べました。普段は大変混んでいるらしいのですが、季節外れの平日だったせいか、すぐに入れてゆっくりできました。ていねいな仕事をしたおいしいお魚料理でした。何よりも店員の女性の接客が素晴らしく、てきぱき感じがよくて、気持ちよく過ごしました。ああいう気持ちのいい接客はうちのほうではあまりないです。マニュアル通り、忙しそう、という接客しか最近経験していなかったので、とても心に残りました。

 

翌日は朝4起きでまんぼうへ。

暗いうちからはじめて、がんばったのですが、なぜか一匹も釣れず。

そんなことはありえないそうなので間違いなく腕に問題があったかと;)

でも楽しんだのでよしとしましょう!

 

夕方浦富海岸を散歩するのは、本当に気持ちのいいものです。

のびやかで美しい海岸なのに人が全然いないのです。どこにいっても人にほとんど会わず、広い海を独り占めしている気分にさせてくれる鳥取なのでした。

 

毎日しあわせになる方法37 ・ 浦富海岸を散歩する!

 

つづく

 

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浦富海岸の民宿・旅人の宿NOTE 

http://note-iwami.com/

 

旬魚たつみ

http://www.syungyo-tatsumi.jp

 

 

島根・美保関美保神社

島根・鳥取の旅の続きです。

 

翌日は奥出雲を後にして、鳥取に向かいます。

途中、松江市美保関美保神社に寄りました。島根半島の一番東にあります。

 

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733年編纂の「出雲国風土記」に記されるほど古い神社で、えびす様総本宮だそう。本殿は1813年に再建、拝殿は昭和3年に造られました。

 

古いこともありますが、前が海なので、潮風のせいか、傷みも激しく、修繕のための寄付を募っておられました。夫がさっそく寄付。「でもあまり金ぴかにはなってほしくないな、この古びた感じがいいなと思って来たから」と勝手な私。

 

でもきちんと修繕しないとどんどん老朽化してしまうのでしょう。

 

拝殿は壁がなく開放的。梁もむき出しで天井もありません。

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青石畳通り。美保関港は江戸時代、1日1000隻もの北前舟の西回り航路の風待ち港として栄え、宿屋も兼ねた廻船問屋が軒を連ねたそうです。海産物や農産物の積み下ろし作業を考えて、海から切り出した青石を敷き詰めたそう。(美保関のパンフレットより)

今は、少々閑散とした漁村ですが、当時は賑わっていたことでしょう。

 

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少し歩くと古いお醤油やさんがありました。太鼓醤油店。お店を覗くと誰もいませんが、「御用の方はここを押してください」というブザーが。鍵もかかっていません。ブサーをおすとお姉さんが来てくれました。私は店先に見本があった、お醤油アイスクリームを食べたかったので、さっそく頼みました。あましょっぱく、さっぱりしていておいしい。夫はもろみアイスクリームを。もろみも、深い甘みがあって私の好みの味でした。

 

 

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古色蒼然した美保神社を写真で見てから、一度来てみたかったので満足でした。

これから鳥取に向かいます。

 

まいにちしあわせになる方法36・旅先で食べてみたい!とおもったら、すぐ食べる

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美保神社

http://mihojinja.or.jp/

太鼓醤油店

http://taikoya.free.makeshop.jp/

 

島根県奥出雲の旅・笹餅、田植えが終わった半夏(はんげ)のころ

奥出雲の笹餅

 

奥出雲の旅の続きです。

 

亀嵩温泉の近くにある夫のお姉さんの家を訪れました。お米や野菜を作りながら、昔ながらの日本家屋にだんなさんと二人で住んでいます。少し前までは、大きな牛も飼っていたのですが、高齢になったため、手放しました。

 

たくさんの家庭料理を用意して待っていてくれました。

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その中でも笹餅は夫が「よくおっかさんが作ってくれた」と言ってとても喜びました。

私は手作りの笹餅ははじめて食べました。中は粉にしたもち米で、おしょうゆにお砂糖を混ぜたものにつけながら食べました。素朴な味で、お腹いっぱいになります。近くに生えているやわらかい笹の葉で包んで、蒸したり茹でたりするそうです。

 

お嫁さんの手みやげ、半夏帰り

 

昔は田植えが終わって、ひと段落した「半夏」と呼ばれる時期に、農家のお嫁さんが、この笹餅をお土産に実家に帰ったそうです。この習慣を「半夏帰り」というそう。

 

昔の田植えは手作業で、その上家事もやる農家のお嫁さんは本当に大変だったと思うので、これを持って実家に帰って、自分の家族とくつろぐのは、楽しみだったことでしょう。

 

私も夫も笹餅がとても気に入りました。すると、お姉さんが、旅が終わって家に帰ってきた日に届くように、クール宅急便で我が家に送ってくれました。いくつになっても、弟はかわいいんですね。今度は、きな粉とお砂糖で食べました。

 

私は父は神奈川、母も東京だったので田舎がなくて、こういうふうに土地の食べ物を送ってくれたりすることがとてもうらやましく、心が温まります。

 

お姉さんのお料理は、海外のベジタリアンがみたら、喜びそうなヘルシーなものばかりで、私ももっと1年くらい近くに住んで季節の料理を教わりたいくらいです。息子さんたちも都会にでてしまい、あの貴重なお料理の数々は誰が引き継ぐのだろう、という心配のようなものが、ふと心をよぎりました。

 

島根鳥取の旅は続きます。

 

まいにちしあわせになる方法35 ・こどものころ食べた懐かしい味をたべられる時間

 

島根・奥出雲の旅 

夫の故郷が島根県、奥出雲で、2人で久しぶりに訪れました。

 

奥出雲の亀嵩玉峰山荘に泊まりました。

窓からは深い山々と、広々とした田んぼの風景が見渡せて、すごい開放感、本当にくつろげます。

 

仁多米や、島根牛のどぐろなど島根の地元で採れたものも食べられて

どの料理もていねいに作られていてとてもおいしい。

広々した温泉、清潔な室内、スタッフの方も親切で、本当にいい宿だと思います。

あんな温泉が近くにあったらなあ。

 

 

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のどぐろ

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朝は5時半から温泉に入れるのですが、5時半にさっそくいって、ひとりのんびり湯につかりました。

 

朝ごはんの後はここにコーヒーを持ってきて山を見ながら、のんびり飲みました。

宿の方に「食堂のコーヒーをここに持ってきていいですか?」と聞くと、にこにこ顔で「どうぞどうぞ、飲み終わったらそのままにしておいてくださいね」と言われました。(持って行きましたが)

そういうところがなんとなくゆるくていいなと思いました。

 

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朝食では、雲南市にある木次乳業の牛乳も飲めました。日本橋の島根館で見たことがあって、1度飲みたいなあと思っていたのです。飲み終わったあとほんのり甘みを感じるおいしい牛乳でした。

 

 

部屋にはこんな亀の折り紙が。

 

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今回は、JAL出雲空港まで行き、そこからレンタカーで奥出雲に行きました。

玉峰山荘までは、空港から1時間弱です。道路もとてもよく走りやすい、しかも車がほとんど走っていない!運転が苦手な私でも、大丈夫そうな道でした。

 

山陰の旅は続きます。

 

#まいにちしあわせになる方法 34 ・奥出雲を旅する

 

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玉峰山荘HP

http://tamamine.jp/

 

”睡眠こそ最強の解決策である”マシューウォーカーを読んだ

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昨今、睡眠負債が集中力の欠如ばかりでなく、死に至る病気を招くととりだたされています。この本は、単に睡眠の大切さを説いただけの健康本ではなく、今まで解明されていなかった「人はなぜ眠るのか?」「なぜ夢をみるのか」など睡眠のことが網羅された熱い研究本です。

 

特に印象に残ったのは

 

レム睡眠は夜中のセラピーと自由奔放な遊び場所!ということ。

 

睡眠には同じように寝ているといっても、レム睡眠ノンレム睡眠の2種類があるのは、よく知られています。ノンレム睡眠は深い眠り、レム睡眠は浅い眠りと言われ、

脳の中は、この2つの種類の睡眠が、90分ごとに忙しく入れ替わっています。

 

レム睡眠のとき、感情を司る脳の部分は、起きているときより、30%も多く活発に動いているそう。でも、ノルアドレナリンというストレスホルモンは、このレム睡眠のときだけ一掃されていなくなってくれている。

 

つまり、ストレスホルモンのない、安全な環境の中で、感情の記憶が再現されている。

いじめっこのいない安全な部屋で、安心してやさしいカウンセリングを受けているような状態なのでしょうか?

 

これが人のメンタルヘルスを整えるそうです。

 

そしてレム睡眠の時に、人はを見ます。感情の脳は活発になっているけれど、合理的な思考をする脳の部分は働いていない。合理的な論理の番人のいないところで、荒唐無稽な夢を見ることができます。

 

これが脳の中で、思わぬところでつながり、人の創造性を作るのだそうです。

 

つまり、レム睡眠の時間は、安全なところで、ささくれだった?感情のセラピーを受けることができ、かつ、「そんなのありえない!なんていう常識人(自分)がいない自由な創造ができる素晴らしい時間だったのです。

 

毎晩、寝ている間にそんなことが起こっているとは。

 

その他興味深かったのは

 

# 6時間以下の睡眠で本来のパフォーマンスができている人はゼロに等しい。

#寝不足の男性は十分に寝ている男性に比べて睾丸のサイズが大幅に小さい。

(寝ないで平気だ!と豪語するマッチョな人は注意、だそう)

睡眠薬は脳の外側を眠らせているだけで百害あって一利なし。

 睡眠に障害があったら、睡眠専門の医者に行くこと。普通の医者は睡眠についてくわしくない。

 

寝るというのは、ただ身体を休めるためのものだと思っていましたが、ぐうぐう寝ている間に、脳は、いい明日、大げさに言えば、いい人生を創るために、まさに寝ずに働いてくれているとは驚きました。

 

寝るのが大好きだから、今でもよく寝ているけど、ますますよく寝よう、と思いました。というか、やっぱり寝てていいんだ、と妙に安心した一冊でした。

 

おすすめの一冊です。

 

#まいにちしあわせになる方法33  7,8時間は寝る!

 

https://www.amazon.co.jp/%E7%9D%A1%E7%9C%A0%E3%81%93%E3%81%9D%E6%9C%80%E5%BC%B7%E3%81%AE%E8%A7%A3%E6%B1%BA%E7%AD%96%E3%81%A7%E3%81%82%E3%82%8B-%E3%83%9E%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%82%AB%E3%83%BC/dp/4797395842

 

日曜日朝いちのジムで出会う、そして‥‥

毎週日曜日の朝一番で、ジムに行くことにして、早6ヶ月。

すっかり習慣になりました。

 

ジムは9時にオープンするのですが、10分くらい前から入り口に人がぼつぼつ並んでいます。そのメンバーはだいたいいつも一緒。

 

この間、そこでストレッチしながら話を聞いていると、耳がちょっとダンボになる話が聞こえてきました。どうもここで会ったお二人が、めでたくゴールインするそう。

 

その当事者お二人と、もう1人の男性が話していて、

「いや〜、まさかね。結婚するとはね。もう住むとことか決めたの?」とか「もう結婚式のこととか決めたの?」とか突っ込みを入れていて、結婚する男性は、「なかなか住むとこも決まらなくて。いいなと思ったところは、すぐ他の人が、決めちゃったり」とか「実家が地方なんで、今度帰って報告するんですけど」などなど、照れながらも実に幸せそうに答えていました。

 

こんないい出会いってあるんだなあ。

 

でも考えてみたら、毎日曜の朝1番でジムに行くって、けっこう自己管理が必要なことだから、まじめな人だろうし、たぶん近くに住んでいる人だから生活環境も似ていそうだし、いい出会いに違いない!(そこから先はいろいろあるだろうけど;)

 

ジムに行くと、最初からイヤホンつけて、自分の世界に集中してトレーニングしている人もいて、それはそれでいいと思うんだけど、この男性、女性が、こういうタイプだったら、お互い声をかけて話すことはなかったことでしょう。そういう人には声をかけませんからね。そして、人生の伴侶と知り合うこともなかったことでしょう。

 

そう考えると、ときどきは、ゆるく自分をオープンにしておくといい出会いがあるのは確かかもしれません。

 

ということで、日曜の朝からいい話を聞けてこちらまでハッピーな気分になったのでした。

 

#人生でしあわせになる方法・32    自分をゆるくオープンにしておく

”GHQと戦った女・沢田美喜”青木冨貴子を読んだ

 

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戦後、米軍占領後すぐに生まれ始めた日本人女性とアメリカ人との間に生まれ、捨てられた赤ん坊を育てるための施設、エリザベスサンダースホーム創始者沢田美喜さんの人生を、ジャーナリストの青木冨貴子さんが描いた本です。

 

当時の沢田美喜を知る人の貴重なインタビューや、米国公文書館に保存されている沢田さんの手紙からわかる接収された三菱家の悲惨な様子、沢田さんの実のお子さんの複雑で率直な言葉、戦後のGHQ占領下の闇など、10年かけた取材というだけあって、ものすごい情報に基づいた大変面白い本です。

 

文章が歯切れがよく、あっという間に引き込まれます。

 

孤児を育てた善意あふれる聖女、という画一的なイメージしかありませんでしたが、まったく違いました。三菱財閥を一代で作り上げた岩崎弥太郎の血を受けたスケールの大きい肝の座ったエネルギー溢れる豪快な女性でした。

 

戦後、東京のあちこちに、ぼろくずのように捨てられていた混血の赤ちゃんたち。

沢田さんも東海道線の網棚の風呂敷包みの中の黒人の赤ちゃんの死体を捨てた母親と間違われ、このパンすけ、と車内で吊るし上げになりました。

 

一方、マッカーサー夫人宛てには混血の赤ん坊が届けられたことがあり、非常に気分を概し、夫妻は、それ以後日本人に会わなくなるという事件も。

 

日本、アメリカ、両国から見捨てられた赤ちゃんたち。

サンダースホーム設立も、日本人からも非難され、GHQからも潰されそうになったけれど、まったく負けなかったところがすごい。私財を投げ打って、人脈を使いまくって寄付をつのる。

 

そして、沢田さんの実の息子さんが80才を超えてなお「実子が孤児になり孤児が実子になった」と母親を取られたことを辛辣に語るのも印象に残りました。

 

大磯の沢田美喜記念館に行ったとき、館長さんが勧めてくれたのですが、何度も読みたくなる秀逸の本です。

 

#まいにち幸せになる方法31 ・人に勧められた本を読んでみる!