2020のはじまり、大磯で。
あけましておめでとうございます。
元旦は、海を見に行こう、ということで、うちから1時間半くらいの神奈川県大磯に行ってみました。
去年大磯にあるエリザベスさんダースホームの創始者、澤田美喜さんの記念館にいったとき、館長さんに勧められて読んだ本、「GHQと戦った女、澤田美喜」を読んで彼女の人生に興味をもち、鳥取の浦富海岸にあるサンダースホームの別荘跡まで行ってしまいました。
今も、児童養護施設として、サンダースホームはあります。サンダースホームの広大な敷地を囲む、古い趣ある塀のまわりを歩きながら、海へと向かいました。
海風を含んだ、冬の空気も、太陽を吸って、どこか暖かく、お正月らしい晴天の大磯。
あまり人のいない海岸をのんびり散歩していると、突然、神輿がやってきて、火もくべられ、お祭りがはじまりました。
威勢のいい掛け声と一緒に、ちょっと寒そうなふんどし姿のお兄さん、おじさん方が、
そのまま海へ突入。
大きな波が来るたびに、ぴぴぴーっと笛の音がなり、わーっという叫び声と同時に、
神輿と人々が、ぷわーーんともち上がり、波に乗ります。
常連カメラマンたちは、波で足元が濡れないように、みなしっかり長靴姿。
賑やかなお祭りが終わると、熱気の余韻を残したまま、また人気もまばらな静かな海岸に戻りました。
やっぱり広い自然の中に行くと、さっぱりします!
それは今年の願い。
広い海を見て、冬の海風をたくさん吸って、今年はこの空のように澄んだこころと、寛容な気持ちで過ごせたらいいな、と思ったのでした。今年もよろしくお願いします。
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まいにちしあわせになる方法・50 大磯の海を見る!
使用済み切手と中村哲さん
毎年、12月の最後に、1年集めた使用済み切手を、日本キリスト教、海外医療協力会に送ります。メールの時代になり、切手もずいぶんと少なくなってしまいましたが、もうかれこれ30年くらいやっているので、年越しそばを食べるのとセットになっていました。
今年、送るにあたって、久々に日本キリスト教海外医療協力会のHPを見たら、はっと、胸を突かれることがありました。先日、亡くなった中村哲さんは、ここからパキスタンのペシャワールの病院に、派遣されていたのです。
使用済み切手は個人切手収集家に購入してもらい、そのお金が日本キリスト教海外医療協会の資金の一部になり、要請のあった国に、医師、助産師、看護師などを派遣します。
同時代に生きる人の中で、最も心に残る中村哲さんの生き方。ちょきちょき切って、毎年送っていた切手が、あの偉大な中村さんの活動にも、少し役立っていたと思うと、今年最後に心が少し温かくなり、でも哀しさは消えない年の瀬なのでした。
あらためて、中村さんのご冥福をお祈りいたします。
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日本キリスト教海外医療協力会
HSP” 鈍感な世界に生きる敏感な人たち” イルセ・サンを読んだ
表紙が美しかったので、思わず買ってしまいました。表紙は大事;)
結果的に、読んで大変ほっとさせられました。あ、かなりあてはまる、そうか、これでいいんだ、と思わされました。HSP(Highly Sensitive Person)の人は、人より感じやすく、共感力が高いゆえに、疲れやすく、自分に高い基準を設け、それができないゆえに、自己評価が低いことがあげられるようです。
こどものころから家族に「神経質」とか、「そんなに弱くては、世間でやっていけない」と言われていたし、実際、社会で疲れ果てることも多かったのですが、この本を読んで、自分が悪いわけでもなかったんだな、と思わされました。
例えば、職場で悪口を聞いたり、世界の悲しい事件を見たり聞いたり、心に響く映画を観たあとは、ずっと心にのこってしまうことがあります。悩みを相談されると、自分までどっと落ち込んでしまったり。でも、それと同時に、美しい夕日を見て、涙が出そうになったり、新緑のきらきらひかる葉っぱを見て、最高の気分になったり、窓に映る雨の水滴に、心奪われたり。
すべては生まれ持った性質、能力なんだそうです。
さて、この本を読んだあとこれからやっていこうと思ったことは。
自分で自分を整えてあげるしかない、ということ。それは自分にしかわからないし、それを許すことは、別に忍耐力がない、というわけでもないんだ、ということ。
当たり前なんだけど、疲れたら、自分のペースで休む、(職場では、なかなかできないかもしれないけど、目をつぶるだけでも情報過多からまもれるし)、自然の中で過ごす、クリエイティブなことをする、など。
こういうことは大好きなんだけど、どこか、「自分はこういう好きなことして、さぼっているんじゃないか」という変な罪悪感がよぎることがあります。
この本によると、5人に1人がHSPらしいのですが、ということは、逆に、世の中は、他のタフな4人のペースで回っている、ということですよね?そこになんとかついていこうとするのは、なかなか大変です。今までは、ついていけない自分に大変な罪悪感を感じていましたが、もうそれは止めることにします!
自分の中で、「自分のペースでいいんだ」という水戸黄門みたいな印籠を自分に見せてあげることが大事なのかも。
他の本も読んでみるつもりです。
#まいにちしあわせになる方法49 ・HSPの本を読んで自分のペースでいいんだと自分を許す。
ピーカンナッツ入りココアブラウニー
寒くなるとブラウニーが食べたくなるので、さっそく作りました。
くるみもいいですが、大好きなピーカンナッツ入りにしました。苦味が少なく、さくっとしたかみごたえ、上品な風味のナッツ。久々に富澤商店(製菓材料の店)でピーカンナッツを買いましたが、他のナッツにもれず、値段が高騰しているのにびっくり!100gで600円近くしました。でもお菓子に入れると本当においしいので奮発。
ほとんどを米国から輸入しているピーカンナッツ。いつか畑に木を植えて収穫して、思う存分使いたいものだ。日本でも生育には問題ないけれど、実が収穫できるまで6-10年かかるらしい。しかし、そのあとは、なんと200年も収穫できるそうだ!東京への通勤圏で、すごい勢いで家が建ちはじめているここらへんの畑が、200年そのままでいてくれたらの話だけれど。
#まいにちしあわせになる方法・48 ピーカンナッツ入りのお菓子を作る
リチャード・アッテンボロー監督、映画「ガンジー」を見た。
1982年制作、アカデミー作品賞を受賞した映画、ガンジーをアマゾンで見ました。ずっと見たかったのですが、なにしろ3時間を超える大作なので、えいやっと思ったときにみる映画でした。
「非暴力、不服従を貫いた、歴史上の人物、ガンジーを頭で知っている」と実際その生き様をリアルに見るというのは、大違い。
例えば、よく聞く大英帝国支配下の南アフリカで人種差別で汽車からおろされたというエピソード。身なりのきちんとした英国紳士”風”、弁護士なりたての若きガンジー。当たり前のように1等車に乗っていた。当時の状況を現実感をもってうまく想像できなければ、今は、見ていても「え?何が悪いの?」という感覚です。しかし、荷物もろごと暴力的に汽車から放り投げられるのです。見ているほうでさえ叫びたくなる屈辱を感じます。ああ、これなんだ、と映像で理解。
非暴力と簡単に言うけれど、殴られても殴られても行進をやめない人たち。これも映像でみると恐怖でいっぱいになります。みなもともとは、ものすごい英雄ではなく普通のひとだっただろうけれど、勝ち取らなくてはならないものがあるときの人の勇気。
長い年月をかけ、多くの犠牲を払い、英国から独立を果たしたのに、インド国内で分裂し、結局はパキスタンと分裂してしまったインド。そういうのも、教科書でなんとなく教わったなあ、という記憶しかないけれど、映画をみるとよくわかります。
ずっと前、アフリカに行く途中でトランジットで降りたムンバイ。半日くらい時間があったので、タクシーの運転手さんに、「ここから半日すごすのにいいところに連れていってください」といったところ、すぐガンジーの家に連れていってくれました。当時はあまり知識もなく、そこは、ガンジーの一生が、絵になっていて、「うーん、教科書で習ったインド建国の父、ガンジーね、糸車がたくさんある家だ」ぐらいにしか思わなかったのだけれど、ずっと心に残っていました。あの若いタクシーの運転手の車のラジオのところにマリア様の絵が大切に飾ってあったのと同じくらい。
映画を見たあと、またあの家とタクシーの運転手を思い出しました。
インドにまた行くことなんてあるのかと思うけれど。もしあの家にいったら、まったく違った気持ちになるだろうなあ。
映画の中では、「3億のインド人をひとつに」と出てきたけれど、現在インドの人口は、13億4000万。10年後には、中国を抜いて世界1位になり、2100年には、なんと15億に!
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・行為が実を結ぶかどうかは、自分の力でどうなるものではなく、生きているうちにわかるとも限らない。だが、正しいと信ずることを行いなさい。結果がどう出るにせよ、何もしなければ何の結果もないのだ。
・未来は、「今、我々が何を為すか」にかかっている。
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インドの爆発的な発展に、ガンジーの言葉を思いだします。
そして、映画を見ているとき、なんども今の香港をも思い出したのでした。
時代が変わっても、何度でも見るべき映画。
# まいにちしあわせになる方法47 ・映画ガンジーを観る
ヒュッゲなお葬式を考える
古くからの友人の妹さんのお葬式に参列しました。享年47才。若すぎる死でした。
葬儀会場で仏式のお葬式で、声をあげて妹さんに話しかける友人を見ると心引き裂かれる思いがしました。
親戚以外のお葬式にでるのは初めてだったので、浄土真宗の心に響くお経を聞きながら、一歩離れた目でお葬式というものを考えました。
今、自分なりのお葬式を考える人が増えているというけれど、それは多くは年配の方ではないでしょうか。でもたとえ若くてもいつも死は隣り合わせかもしれません。そんなとき、この世の最後に日常接していなかった仏教のお経を突然聞くのは、ちょっと違和感がある人もいるかも。
少し前に、デンマークの言葉”ヒュッゲ”が世界でちょっと流行して、日本でもいろいろな本が出ました。ちょっと言葉が先行している感じがしたけれど、私は、本来ヒュッゲとは、
「物理的な居心地のよさを軸としながら、そこには ”精神的な幸福感”や ”周りとの一体感” も含まれます。自分自身、そして周りの人たちとの親密さ、つながり、あたたかさを丁寧に作っていく」こと。(ヒュッゲ・ピア・エドバーグより)
というのが、一番しっくりきています。(デンマークで暮らしたことがないので、本当はわかりませんが)
もし、その意味でヒュッゲを使うのなら、私たちはヒュッゲなお葬式というのがあってもいいなとそのお葬式の帰りに思いました。
私がいいなと思うヒュッゲのお葬式は、
✴︎ 森の香りのするキャンドルがあって。
✴︎ 部屋のライトは、蛍光灯ではなく、暖炉の炎に近いようなほっとするオレンジで。
✴︎ エンヤの曲が流れていて。(ニューシネマパラダイスでもいいけど!)
✴︎ 肌触りのいいブランケットに亡くなった人は包まれていて。
✴︎ 棺桶も、屋根裏にある古いアルバムや、こどものころ大切にしていたぬいぐるみが入っているような使い古したようなこげ茶色の木の箱で。
✴︎ 着くと、おいしいコーヒーか濃いめの紅茶を入れてくれて、大きめのソーサーにはクッキーをのせてくれて。
✴︎ お香典もいらないけど、お返しもなくて。でもハーブのクッキーがおみやげについてもいいかなと思うけど。
そんな中で、「また会うときまでね」と、
大切な人とこの世の最後のひとときを慈しむ。
そんなお葬式があってもいいなと。
もしこの世は十分愉しんだ!という人生だったら、不条理に苦しむ涙のない、こんなお葬式もいい。
若くて闘病し、どれだけもっと生きたかったか、無念の気持ちを思うと
そんなことを考えるのは不謹慎と言われるかもしれない。
でもこのごろ考えます。
いい人も早く亡くなり、悪態ついてる人も長生きできる。
そんな法則のない現世。せめて最後のお葬式を居心地のいいものにしたいと。
そんな妄想をして、哀しみを紛らわせたのでした。
*まいにちしあわせになる方法46 居心地のいいお葬式を妄想する。
孤独の訴えかた、大人になったとき
このごろ、難しい性格の高齢の方に会う機会があった。
気難しいクレーマー的性格。言われたことに反応するとうんざりしかないけれど、ふと「孤独」から考えてみたら行動がすごく腑に落ちた。細かい注文をつけること、クレームをつけることで長い時間、自分に人の注意を引きつけておける、かまってもらえる、存在感が増す→つかのまの孤独の解消。
こどものころ、熱をだしたらおかあさんがやさしくしてくれたように、大人になっても、自分の体を使って人にやさしくしてもらう場合もある。体調不良→かまってもらえる→つかのまの孤独の解消。
意識してやっているわけでなく、こういう方法を無意識に使うことはけっこうあるのかもしれない。
でもクレーマー的にせよ、自分の体を使うにせよ、負のエネルギーを使って人の注意をひきつけるので、長くは続かないし、続いてもうんざりされる。よけい人は離れていく。
時代が変わって、サザエさんのような家族でみんなでわいわいやっているうち、そう長くはない寿命で、孤独を感じないうちに天国に行ってしまった時代は終わってしまった。核家族になって、長寿社会になって、若くても単身で住むことも多くなった。
孤独はいつもあるんだと思えば、いいのかもしれないな。
それは解消するものではなく、寝ているときの夢のようなもので、よい夢のときもあれば悪い夢のときもある。いい意味の孤独もあるし、じっと知らない間に涙がでるような底しれぬ孤独もある。夢をみるときもあれば見ないときもある。孤独を感じるときもあれば感じないときもある。そんなものと思えば、人をうんざりさせてまで解消に走るものなのか。一朝一夕にはできないだろうけれど。
#まいにちしあわせになる方法 45 ・孤独を内に含んで生きる。